なのはから、この世界の慣例であるイベントを聞いたのは、つい最近のことだった。 母親に日々の感謝を送る日として、『母の日』と呼ばれる日があるのだという。 任務が同じになったシグナムに、帰りがけフェイトはあるお願いをした。 「リンディさんに贈り物をしたいのですが、見に行くのを付き合っていただけますか、シグナム」 シグナムは言葉には出さず、ただ頷いてくれた。 そんな経緯はあって今、シグナムと一緒に歩いているけれど、普段行動を共にすることは管理局内でこそよくあれど、 それ以外となると皆無と言って良いかも知れない。 見慣れた海鳴の街並みが、初めてきた場所のように感じた。 街並みの先、海へくだる風景を見れば、色を重ねるように変わりゆく空の下、 灰色に染まった小さな浮き雲と煌々とした街灯が遠くに見える。 海は波間に空を写して、たゆたっていた。 「どんなものを贈れば良いでしょうか?」 小声で呟くと、先を行くシグナムが足を止めた。 切れのある動作でシグナムが振り返ると茜の髪が、舞う。 「お前が欲しいと思うもの、あげたいと思うものを贈ればいいのではないか、テスタロッサ」 返された返事はきっぱりとしたもので、フェイトは笑う。 空の中に白く抜け落ちたような月がシグナムの背後に見えた。 シグナムの答えはその月のように揺るぎなく、そして確実なことだった。 「そうですね。ただ、初めてだから…一緒に来て欲しかったんです」 吹きぬけた風で頬にかかる髪を指先で避ける。 足を止めたシグナムの横を追い越すと、再び歩き始めた足音が聞こえた。 人影は夜闇に紛れゆくようで、けれど街灯はまだ日の残滓に負けている。 「取りあえず、こちらのお店に入りませんか?」 まるで競い合うように咲き誇る花を飾る店があった。 薄紅、深紅、白と店を引き立てる花弁はそれ自体が売り物だ。 なのはに前に聞いたところ、母の日にはカーネーションという花を贈ることが多いらしい。 花屋の前を差し掛かった時、今回は定番のカーネーションにしようか、と思った。 親子になったばかりで、母になってくれた人を良く知っているわけではないのだから、 きっと最初の一歩にするには相応のはず。 来年からは母の好みを知って、好きなものをあげようとフェイトは思う。 ドアノブを押すと、涼やかな音をベルが告げた。 愛想良く出てきた店員に、 「カーネーションを見せてください」 そう告げると、店員は店頭にある一束を指す。 「これから」 指で辿って幾つかの束をさした。 「ここまでがカーネーションですね」 多くの色違いがあるのだと知って、戸惑う。 深紅、薄紅色、黄色、白と鮮やかな色合いは学校で使った絵の具のパレットのようだった。 不意に目に入った花に、視線を奪われる。 毅然とした赤色は取り立てて鮮明に見えた。 ふとそばにいるはずのシグナムを探すと、辺りを物珍しげに見回している姿があった。 初めて花屋に来たのかも知れない。 なんとなく小さな子供みたいだとフェイトは思った。 「この花にします。母の日に贈りたいので花束にして貰えますか?」 指してから思った。 この花を選んだのは、凛とした姿がシグナムに似て感じたからかも知れない。 不意にシグナムにも、この花を贈ろうかという気持ちがわく。 シグナムの赤色と月のような白い花。 どちらもきっと、シグナムには似合う。 あげた時に、彼女は何ていうかなと空想してフェイトは微笑んだ。