なのはは小さくため息をついた。
「どうした、なのは。さっきからため息ばかりのようだが」
湯のみを両手のひらで抱え込むようにして遠くを見つめるなのはに、クロノが声をかけた。
けれど、なのはは答えない。
今度は手元のお茶に目を落として、微笑む。
その横顔をただクロノは見つめるしかない。
頬を緩ませた状態のなのはは、頬を桜色に染めてとても可愛らしいと心の底から思ったが、
クロノは黙ってお茶を啜る。
1分経ち、2分、3分と時間が経過した頃になって、漸くなのはが口を開いた。
「…今日ね、ウェディングケーキ見ちゃったの」
なのはの瞳は、まるで星をちりばめたが如く輝いているのが見える。
「ウェディングケーキ? この世界の習慣か?」
大きく頷いて、なのはも湯飲みを手にした。
「結婚するときにね、パーティーをやったりするんだけど、そのときに
 すごーく大きなケーキに、新郎新婦さんが二人でナイフを持って、切れ目をいれるの。
 そのためのケーキをお母さんが作ってたんだよ」
おそらくどこかから発注されたものなのだろうが、説明されたクロノには、
ケーキ自体翠屋で目にする以外、あまり縁がなかったし、大きなと
言われてもどこまでなのか想像し難かった。
クロノは小さく音を立て、傍らに置かれた盆の上に湯のみを置く。
外は曇天、今にも雨が降りそうだった。
「なのはは、そのケーキが気に入ってるのか?」
なのはは、クロノを振り向き精一杯に頷いた。
「うん! できるなら、一度は…」
不意に、なのはの言葉が切れる。
クロノが振り向くと、なのはは首まで赤く染まっていた。
「なのは、大丈夫か? 熱でもあるのか?」
問いかけると同時に額へ手を伸ばすと、なのはは黙ってクロノの腕に抱きついてくる。
顔を隠すように腕に押し付けてくるのを見ながら、クロノは笑った。
「そんなになのはが気になっていることなら、僕もしてみたいものだな」
腕に抱きついてくる力は強くなるばかりで、なのはは顔を上げない。
「一緒にやってくれるんだろう?」
打てば鳴るような勢いで、なのはが腕から顔を離した。
庭に、空から一滴が落ち、地面を染める。
「え、あ。その…」
なのはは、左右を見回してから、ゆっくりと頷いた。
「6月なら、いいよ」
また一つ疑問を作られたクロノは首を傾げる。
「6月?」
それから、手に緑茶の入った湯のみを取り口を付けた。
一枚、皿から煎餅を持ち上げて、歯を立てる。
音と共に、粉末になってしまった煎餅が多少落ちた。
「内緒」
なのはが、クロノの袖を少し掴んで微笑む。
クロノは庭にある盆栽を見つめ、頬を染めたまま見上げてくるなのはに、
時折視線をやりながら煎餅を頬張った。




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