「お兄ちゃん、テーブルの上、片付けていい?」 フェイトがクロノに話かけた時、リビングのテーブルはといえば、端末やらケーブルやらパーツが所狭しと並べられていた。 これらは全てクロノがどこかから出してきたもので、今、彼は自らのデバイスの整備をしている。 整備をするのは良いが、テーブルの上くらいは片付けていて欲しいとフェイトは思う。 リンディが用意している、料理を出したいのだけれど。 「ああ、すまん。今片付ける」 端末に向かいながらクロノは返事良く答えるが、先ほどから何度目かの同じ返事。 全く、片付けてくれる様子はなかった。 彼がなのはに片思いをしている事実を知っているフェイトは、なのはを呼んでみようかとも考えた。 きっとなのはを呼ぶと言った瞬間に片付け始めることだろうから。 けれど、今日はこの世界で言うところのお正月。 一年が始まる日を、そう呼ぶのだと聞いた。 家族で年明けを祝うというなのはを呼ぶわけにはいかなかった。 「なにやってんだい、こんなのはこうしちまえばいいんだよ」 横から顔を出してきたフェイトの使い魔アルフが、テーブルの上の機材を勝手にまとめ始める。 ガシャガシャと音を立てるアルフに気づいて、クロノが叫び声を上げた。 「ちょっと待て! これは正確に並べてあるんだぞ! 触られるとっ」 「フェイトぉ、今すぐ写メール撮って、なのはに送んなよ〜。きっとなのはは面白がるよ」 クロノの叫びなど完全に無視して、アルフがにやにやと心底楽しそうに笑っていた。 アルフとは精神的な部分でつながっているのだから、フェイトが知るクロノの恋心くらい、知っていて当然だった。 フェイトより先にアルフが気づいただなんていうことは別に秘密ではないが、クロノには内緒だ。 むしろフェイトがクロノの恋心に気づいていることすら内緒にしているくらいなのだから。 「な、なんでそこでなのはが出てくる!」 慌てふためきながらも、彼は手元の端末を片付け初めていて、アルフの言葉はとても効果的だと証明しているようなものだった。 「そうだね、なのはは笑ってくれるかな」 フェイトは携帯を取り出して、いくつかのボタンを操作すると、カメラを起動する。 機材で溢れたテーブルとクロノに焦点を合わせて、携帯の「OK」ボタンを押すとパシャっと電子音がした。 「こらっ!誰が撮っていいと言った!」 文句を言うクロノに、フェイトは告げる。 「お兄ちゃんが片付けてくれたら送らないから安心していいよ」 とりあえず、ぐちゃぐちゃなテーブルの上と機材を両手に抱え込んだクロノの映った画像は保存する。 それから、画像をロックのかかったフォルダに、コピーをしてから移動。 もちろんこれは、クロノに無理矢理画像を消されないための対策とダミーだ。 せっかくだから、こんなに珍しい、慌てた様子のクロノの写真を保存しておきたいとも思ったし。 携帯を奪おうとするクロノの手から逃れて、リンディの方へと向かう。 「せいぜい頑張って片付けな」 爆笑するアルフを連れて、キッチンに向かいながらフェイトは笑った。 しばらくリンディの料理を手伝ってからテーブルに戻ると、山を成していた機材はなくなり、憮然とした様子のクロノがいた。 「早く携帯の画像を消してくれ」 機嫌の悪い様子で告げるクロノに、けれどフェイトは携帯を取り出さなかった。 「クロノ〜、その写真はお正月が終わるまでは消さないわ。お正月だけは我慢してちょうだい」 理由といえば、クロノがあまりにすんなりと片付け始めたことに驚いたリンディに、その時の会話の流れを問われたからだ。 もちろん、クロノの恋心に気づいてしまっているリンディも、にんまりと笑っていた。 その画像がある限り、彼は家のことに積極的に協力してくれると言うことなのだから、利用しない手はない。 まあ…そういうことに鈍いなのは以外には彼の気持ちなど、だだ漏れなのだが。 なのはに関わる時だけ彼の態度が変わるために、皆に怪しまれた結果である。 知らぬは本人ばかりなり、という言葉がこの世界にはあると、はやてに教わったばかりである。 ちょっと可哀想だとは思うが、フェイトは彼の気持ちを知っていることは黙っていることにしていた。 知れば協力を求められるかも知れないからだ。 兄になったばかりの人を、親友に取られてしまうのはちょっと悲しかったから。 家族の一員として、妹として、お兄ちゃんと呼べる時間が大切だと思えたから。 家族が大切なものだと分かったから、家族としての時間を大切にしたかった。 きっとクロノは、数年後にはなのはと共にいるのだろうから、しばらく内緒にしていても良いだろうと判断した。 ぶつぶつ文句を言うクロノを無視して、アルフがテーブルを拭き、フェイトが料理を運び、リンディが料理を綺麗に盛り付ける。 お正月の風情ある食卓に整っていくテーブルを目前にして、クロノは非常に居心地が悪そうだったが、2人とも見ない振りをした。 アルフだけは自業自得だと笑っていたが。 キッチンに用意された料理の盛られた皿を持つと、リンディが微笑んだ。 「これで最後だから、食べましょう」 にっこりと笑うリンディに頷いて、フェイトもテーブルについた。 「なんで僕がこんな…」 だとか不平不満を漏らしているクロノを笑って、食事を進めていく。 「フェイトさんの学校は、いつまでお休みなの?」 まだ『さん付け』の抜けないリンディが問いかけ、フェイトが答える。 笑顔の溢れた、なんでもない会話のある食卓。 こんな日々がずっと続けばいいなとフェイトは思った。 「今年もこんな楽しい日が続きますように」 数日後、うっかりと消し忘れたクロノの画像をなのはに見られ、それを知ったクロノが激怒したのは、また別のお話。