空からしんしんと舞い散るそれは、街を白く染め上げる。 宵の初めと言うのに、吐き出した息は雲のようにたなびくほどに冷えていた。 なのはに呼ばれて、なのはの世界まで来たのだが、生憎と待ち合わせ時間よりもかなり早い。 指定された場所が翠屋のため、あまり早くに行くと尋問に合う気がした。 なのはの母―桃子には、行く度に質問責めにされる。 少しながら憂鬱な気持ちになりつつも、クロノは翠屋へと足を向けた。 外でしばらく待ってから行ったとしても、結局外に長くいたことをなのはには気づかれてしまうだろう。 なぜか、彼女に嘘を見抜かれることが多いのは何故だろう。 ともかく、仕方なく翠屋に入ると、にこにことした桃子の姿があった。 「あら、いらっしゃいクロノ君。なのはと待ち合わせなんでしょう?」 なぜ知っているのか…それはなんとなく想像がついた。 なのはが桃子に出かけると伝えたために、切り返されて聞き出されたのだろう。 なのはが必死に隠せば隠すだけ、桃子が興味を持つということも想像に難くない。 『誰と行くの?どこに?いつ?教えてってばー』 と延々繰り返されて、最終的には待ち合わせを翠屋にしろと言われたのだろう。 なのはが困り果て、押し切られる姿が脳裏に浮かんだ。 「あの子のことだから、きっとまだ家で服を選んでるわ。だからゆっくりしていって」 桃子はカフェオレの入ったカップを、クロノの座ったテーブルに置いた。 頼んでいないうちから、置かれてしまうのはいつものことだ。 「ありがとうございます」 素直に礼を言い、カップを手に取り、口を付けた。 「で、あの子とはどこまで進んでるの?!」 「!」 楽しそうな声で問われ、クロノは反射的にカフェオレを飲み込んだ。 気管支にカフェオレが入ったようでしばらくむせこむ。 うふふ、そんなに慌てるなんて、と桃子は喜んだように言うが、笑い事ではない。 とりあえず、睨んでから素直に答えておく。 「友人ですが」 今はまだ。 しかし桃子はにやにやしてクロノを見た。 「今日はクリスマスイブなのに〜?」 「クリスマスイブとは何ですか?」 クロノが疑問に疑問で返すと、桃子は沈黙した。 笑顔も消えて、呆然としているという表現が一番正しい気がした。 それからしばらく外を眺めていたかと思うと、桃子が口を開いた。 「そうね、なのはに聞くといいわ。きっと教えてくれるから」 くすくすと、笑う桃子を不信に思い、視線を辿るとその先にはなのはが居た。 「お待たせ…しちゃったよね、クロノ君?」 首をかしげて、顔を覗き込み、なのははクロノに問いかけた。 管理局にいるときとはまた違った雰囲気に飲まれ、言葉が詰まる。 「い、いやそんなことは、ないぞ」 「じゃ、いこっか」 にっこりと笑うなのはに引きずられるようにして、クロノは店を出た。 今日呼び出されたのは、なのはが「行きたい場所がある」と言ったからだった。 一人ではいけないから付き合って欲しい、と言っていた。 「どこにいくんだ、なのは?」 「ないしょー」 なのはは、クロノの腕に抱きついてふふと笑って見せた。 微笑んで、クロノの腕に抱きついたはいいものの…。 なのはは困っていた。 勇気を出して、デートに誘って、それから…やっとのことで腕に抱きついた。 だけど、だけど…どうしよう。 「なのは、その、なんだ、質問なんだが」 なぜか視線をなのはから逸らして、クロノが言う。 ちょっとは、どきってしてくれてたりするかな。 「クリスマスイブというのは…なんなんだ?」 「・・・」 なのはの頭の中は、つい真っ白になってしまった。 そういえば。 そういえば、説明してなかった…かも。 でも、なんで単語だけ知ってるの? お母さんかな…。 うー、どうやって説明しよー。 「えーっと…、その、なんていえばいいのかな。元々は、ある宗教の神様のお誕生日なの。 それを祝う日っていうのが正しいところなのかもしれないんだけど、日本だと、お祭りみたいなもの…かなぁ。 クリスマスがお誕生日当日で、クリスマスイブはその前日なんだよ。 あとは…恋人達が一緒にすごす日にも、なってる…かな」 最後は小さい声で言ったけれど、それでも顔に熱が集まってくるのが、分かった。 マフラーが不必要だとすら思えるほどに熱い。 聞こえていて欲しい。 けれど、聞こえていて欲しくない。 「そうか。お祭り、なのか」 聞こえなかったのかな。 でも、良かったかも。 「それで、なのははどこに行きたいんだ?」 ふと問いかけられて、咄嗟になのはは答えた。 「クリスマスイルミネーション!」 目的地となるショッピングモールに着いた頃には、外は既に真っ暗だった。 これならきっと、イルミネーションも綺麗なはず。 ここで、告白しよう。 なのははちゃんと、そう、ちゃんと言おうと心に決めていた。 そのために彼をココに誘ったわけで…。 ずっと言わずにいたけれど、言わないほうがいいかとも思っていたけれど。 やっと心に決めたのだから。 決めたことはきっちりしてしまいたいとなのはは思っていた。 冷え切った風が吹き抜けて、道に落ちた木の葉を巻き上げる。 「こっちだよ」 それを耐えて、クロノを案内しながらショッピングモールの中庭へ向かった。 ここのツリーは綺麗だと評判なのだと聞いていたから。 一生懸命になんて言って来てもらおうかとか考えて、それからお願いした。 結局は、「行きたいところがあるから」とか、いつもと変わらないようなお願いになってしまったけれど。 行き着いたショッピングモールの中庭には、一本のツリーが立っていた。 綺麗に電飾とオーナメントが飾られて、雰囲気は華やかだ。 さらにはさらさらと舞い散る雪が積もって、淡い色の電飾を反射させる。 「わぁ…」 つい感嘆の声を上げて、なのはがぼんやりとツリーを見上げていると、手を引かれた。 通りかかった人にぶつかられそうになったのを、クロノが避けてくれたようだった。 横を通り過ぎていく人を見ていると、クロノが笑ったような声を上げた。 「これが、君の見たかったものか」 繋がれた手が気になって、なのはは彼のほうを見た。 クロノは声と同じように笑っていた。 なのはは、繋がれた手にちょっと力をこめてみた。 きゅっと握ると、さらに強い力で手を握られる。 「来年も、見たいものだな」 言われた言葉に、ほけっとして電飾の光を映すクロノの瞳を見ていると、クロノがますます笑った。 「恋人同士が一緒に見るものなんだろう?」 小さい声で言った言葉が聞かれていたと気づいて、なのはは大騒ぎした。 クロノに繋がれた手をぶんぶん振りながら、声を上げる。 「ふえぇぇー! 聞こえない振りしてたのー?!」 あははっと笑い声を上げて、クロノがなのはに問いかけてきた。 「で、一緒に来てくれるのか?」 クロノの腕を振るのをとめて、なのはは一瞬息を飲む。 じっと、彼の目を見て答える。 「うん、…うん!」 そっと、なのはの手を握るクロノの手に両手を添えて、なのはは微笑んだ。