ちょっと怖い人だと、初めて会ったばかりの頃は思っていた。 出会ったのはフェイトとの戦闘の最中。 肌に痛いほどに緊張した空気を感じながら、フェイトとなのはは向かい合ってい た。 伝えたいことを伝えるため、そのために。 接近したバルディッシュとレイジングハートがぶつかるその瞬間に、割って入っ たのが彼だった。 「ストップだ!」 その一喝はなのはの行動を止めるに十分なものだった。 凛とした名乗りと行動、判断の早さになのはは見入ってしまう。 それと同時に、逃走を図ったフェイトへの対応が、素早かったことにも驚いた。 でも、だからこそちょっと怖い人なのだと思った。 連れて行かれたアースラで、多くの判断を下しながら仕事をする彼の姿が酷く 印象的だったことを覚えている。 自分とはあまりにかけ離れていて、近寄り難い人だなとなのはは思った。 実はやさしい人だと思ったのは、それからちょっと経ってから。 フェイトとの事、P・T事件が終わってからのことだった。 『クロノがね、私を無罪にしようと凄く頑張ってくれてるんだ』 誰かが自分のために、何かをしてくれるのが嬉しいとフェイトは画面の向こうで 笑っていた。 彼女のそれまでの経験を考えるとそれは当然の感情で。 けれど、それを意識せずにできるクロノは凄い。 私自身そうなりたい、となのはは思った。 そのことをきっかけに、クロノは尊敬できる人になった。 クロノを意識するようになったきっかけは、それよりももっと後になってから 。 同じ任務についた時だった。 彼は指揮官であり、緊急時のための人員として。 なのはは、現場に行く調査員の護衛として。 鼓膜が破れるかというほどの爆発音がなのはの目前で轟いた。 咄嗟にラウンドシールドを展開して、身を守る。 立ち込める土煙に視界を失い、状況の把握を、と考えた時には頼りにしていた通 信は途絶えてしまっていた。 調査員は、守るために距離をおいたから大丈夫だと思う。 ただ、竦んでしまいそうになる気持ちを押さえつける。 ここには一人しかいない。 通信が途絶えたからには援護も期待できない。 全て、一人でどうにかしなくてはいけないんだと、レイジングハートを握る手に 力が入った。 この世界へは質量兵器が出現するという話の調査の為に来ている。 原因も理由も今のところ不明だが、古代ベルカの遺跡があるという話もある。 管理局としては、事件に発展する可能性を聖王教会に指摘され、看過できずに調 査員として局員を派遣した。 派遣されたチームがアースラで、出動したのがなのはたちだ。 砂、どこまでも、砂が表面を覆う。 その合間を縫うように所々木々が生い茂るこの世界は、人の姿などどこにもない 。 今はそれが幸いしてはいるが、反面遺跡探索が進まないのだという。 風で舞い上がった砂に、遺跡が埋まってしまうからだ。 件の兵器に遭遇したと思った直後、突如として殺傷設定のされた砲撃を受け、 爆発が起きた。 飛行魔法で距離をあけた。 そして、今になる。 展開しているラウンドシールドを回り込んで入ってきた土煙になのはは咳き込 んだ。 視界はまったくのゼロ。 それでも、不意に煌くものが見えた気がして、更に一枚、ラウンドシールドを側 面に展開する。 勘は当たっていて、どこかから放たれた砲撃をラウンドシールドが弾いた。 砂は舞い上がったまま視界は晴れる気配もない。 どこに敵がいるかも分からない状況では酷く不利だと判断して、なのはは高く舞 い上がる。 上空に行けば、晴れているだろうと想像できたからだ。 確かに、上空は空気が澄み切っていた。 何度か咳き込むと、多少とはいえ土埃を吐き出せた気がする。 涙で霞んだ視界を拭って、辺りを見回した。 「なのは!」 「ふえ?!」 突如、怒号にも似た強い声音で名を呼ばれて、なのはは思わず体を竦ませた。 横から腕を引っ張られ、声も出せないままに倒れこんだ。 倒れこみながら見たのは、青い魔法陣。 自分のものとは違う色合いを放つラウンドシールド上に、いくつもの魔力弾が叩 きつけられ、爆ぜるのを見た。 何本もの刃状のものもが、シールドを襲う。 まるで、時間がゆっくり流れているようだと、思った。 背中に衝撃があって、崩れ落ちるのが止まる。 思わず、驚いて息を止めた。 「―――、なのは、大丈夫か?」 低くて、柔らかい声に振り返り見上げれば、クロノがいた。 あの魔法陣を描いていたのはクロノの魔力だと気づく。 「あ、うん」 彼の顔がすぐ近くにあって、なぜか頬が熱くなるのを感じた。 クロノはなのはに向けていた視線を前へ向ける。 時々、唇が動いて、魔法を放つ。 なのははしばらく、彼の真剣な顔をじっと見つめていた。 「なのは?」 彼の声に、はたと我に返ると抱きしめられていること、腰に回された腕でクロノ が支えていてくれたことに気づいた。 守ってくれたんだ、と実感した。 心臓が、跳ねたような気がした。 「ありがとう、クロノ君」 精一杯の笑顔を彼に向けて、レイジング・ハートを握りなおした。 それでも、いつもより早い心音が聞こえてくる。 通信が途絶えて不安だったから、だろうか。 けれど、彼が安心したように微笑んでくれたのを見て、さらに心臓が早鐘を打った。 ますます早くなった鼓動に、驚いた。 「あと一息だ、僕が前に出るから、後衛を頼んだ」 彼の言葉に、ただ頷くことしかできなかった。 不安だったからというのは、きっと違う。 私は、クロノ君のことが好きなのかもしれない。 そう思わずには居られなかった。 でなければ、顔が熱くなる理由を、説明できなかったから。