第3話



 涼やかにツインテールにまとめた髪を揺らしながらフェイトはなのはの向かいの席に着いた。
その流れるような所作になのははつい見入ってしまった。
周囲からもため息が聞こえてきたのだから、見入ってしまったのはなのはだけではないと自分に言い聞かせる。
店員が何も言わずともフェイトの元に水の入ったグラスを置いた。

「なのはとは時々会うけど、はやては久しぶりだね」

その整った顔立ちをした友人の、穏やかな微笑みがなのはにはとても嬉しかった。
出会ったばかりの頃には見られなかった笑顔だからだ。
フェイト自身がリンディやクロノという家族、そして多くの友人たちを得て安定したからこそだとなのはは思う。
それだというのに、なぜか胸が痛かった。
嬉しいはずが素直に喜びを表現できない。
息苦しかった。

「久しぶりやねぇ、フェイトちゃん。お義兄ちゃんとの仲も良好やって?」

からかうような素振りのはやての物言いに、なのはは身を竦ませた。
はやてはなのはの気持ちを分かった上で、なのはの心中をすっきりさせようとして発言しているとは理解できる。
けれど、そんな唐突でなくてもいいのでは、となのはは思う。
少なくとも、心構えをする時間くらいは欲しい。

「クロノとの仲って、ただの兄妹だよ。仕事の話くらいしかしないし」

水の入ったグラスに手を伸ばし、フェイトは困ったように笑う。

「お兄ちゃんだよ。家族としては好きかな」

その様子になのはが安堵の息を吐くと同時、小さくなりはじめた氷が小さく音を立てた。







 親友と同じ人を好きになることだけは、避けたかった。
そういうことで大好きな親友と仲違いなどしたくなかったし、せっかくできた絆を無くしたいとはなのはには思えない。
もし、もしもそうなってしまったら、なのはが身を引いていたかもしれない。
いや、確実に引いていただろうとなのはは確信していた。

「家族として、かぁ〜。つまらないやん」

不満そうなはやての物言いに、なのはは反射的にはやての顔を凝視した。

「クロノ君には好きな人おらんの?」

けれど、はやてのその問いの答えが気になって、なのははフェイトに視線を向ける。
するとフェイトがなのはに視線を送ってから答えた。
フェイトの糸のような髪がさらりと動く。

「いるみたいだよ」

刹那、胸に何か大きなものがぶつかって来たような衝撃を受けた。
瞬きも、呼吸も、心臓の鼓動さえも、何もかもを忘れてしまったような感覚。
店内のざわめきなど、まるで時間が止まってしまったかのように聞こえなかった。

『いるみたいだよ』

フェイトの言葉がなのはの頭の中をこだまする。
意味を取り間違えたのではないかと最初は耳を疑った。
いる。
好きな人が。
クロノに。
クロノに、好きな人がいる。
その言葉の意味が漸く脳に滲み始めた。
なのはより年上のクロノのことだから、有り得ない話ではない。
ただ、嘘だと思いたかった。
クロノに想いを告げる前に、そんなこと、知りたくなかった。
けれど告げたのはなのはの親友であり、なのはの想い人の妹だ。
嘘である確率など無に等しい。








 「いたっ」

突如として肩に痛みが走って、なのはは我に帰った。

「なのはちゃん?」

はやてが肩を叩いていたらしい。
痛む肩にはやての手が乗っていた。

「なのは、大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」

自分に注がれる二人の友人の視線はなのはを案じるものだった。
向かいに座る心配性な友人の揺れる瞳が輝石のようで、見つめられるだけで目が潤むのを感じた。
クロノが好きなのはフェイトだ。
その考えは直感ではあるが、なのはは真実なのだと思う。
同性もがため息を付くほどに線が細い外見、今も垣間見えている人を思いやる優しさ、執務官職有望と言われるだけの聡さ。
それを支える、自らの想いを貫き通す心の強さに、きっとクロノは惹かれたのだろうとなのはは思う。
涙が零れてしまいそうだった。
しかし、泣いてしまえば、友人たちは心配してしまうだろう。
なのはは少し上を向いて涙を堪えながら、鏡の前で何度も練習済みの笑顔を作った。

「大丈夫だよ、任務で疲れちゃっただけ」

それでも不安げな瞳を向けられて、なのはは視線を逸らした。








 「ねぇ、なのはってクロノが好きなんだよね?」

信じられない言葉を聴いたような気がして、なのはは咄嗟に振り返った。
絡まってきたのはフェイトの視線で、絶句しながらも声を出そうと唇を震わせた。
しかし口からは呼気が逃げるだけ。
音がでたのは店員がようやくフェイトに注文を取りに来た時だった。

「なんで!」

どうしてフェイトがそれを知っているのかが分からなかった。
勘付かれることなどもないだろうと思う。
精一杯隠しているのだから。

「だって、なのははクロノの前でだけ態度が変だし」

ぽつりと呟かれたフェイトの言葉に、なのはは呆然とした。
態度に出したつもりが少しもなかったのに気づかれていたなど、思いもしなかった。

「クロノは鈍いから、なのはに嫌われてるのかもって言ってたよ?」

「でもな、私はなのはちゃんを応援しとるで」

私もだよ、と頷いて見せた後、店員に注文をするフェイトを凝視しながらも、なのはは泣きたくなった。
クロノを嫌っているなんてありえないのに、と。




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