プロローグ



 海鳴の町並みを見渡せる、この丘の上はなのはのお気に入りだ。
海と寄せては返す波、空の青さがグラデーションを織り成す様子が一望できる。
今日は、頬を撫で、髪を浚う風がとても穏やかだった。


 二人でいるときの会話は、さして多くはない。
ただ、一緒に居られればそれだけで満足だからだ。
こんな日がずっと続けばいいと思う。
なのはも、そう思っているのではないだろうか。






 ふわりと、風で浮き上がる帽子をなのはは押さえ、新緑が揺られてサワサワと音を立てた。

「なのは」

呼んでみると、ん? と満面の笑顔が向けられた。
つい微笑み返してしまってから、なのはの手に小さな包みを握らせる。
いつもながら、小さな手だなと考えてしまう。
こんなものを買って渡したのは、義妹であるフェイトが、

「なのはは、こういうのが好きなんだって」

と、こちらの世界のファッション雑誌を見ながら言ったからだ。
義妹もこんな雑誌を読むのだなと感慨深く思ったものだから、余計に印象が強かったのかもしれないが、
なぜかはやてはこういうの…だとか言っていたものは、正直なところ覚えていない。
こんな僕でも恋人のことは気になるということだろうか。






 翠屋へ行こうと商店街を通った時に、それがショーウィンドウに並んでいるのを見つけてしまった。
元々、仕事が生活と等しかったものだから、給料にはほとんど手をつけていない。
これくらいならと思って、衝動買いをした。
店に入るのは恥かしかったし、買うのはもっと恥かしかった。
けれど、これをあげたらどういう顔をするだろう、と考えながら店員にショーウィンドウを指し示した。

「これ…開けていい?」







 不思議そうな顔で問いかけられて、頷いてみせる。
小さな音を立てながら、包装紙を剥がして、中にある箱を見つける。
箱を開けると、しばらく、なのはは身じろぎ一つしなかった。
呼吸さえ止まっているのではないかと思えるような、そんな様子でしばらく箱の中身を見つめていた。

「なのは?」

思わず声をかけると、なのはが我に返ったように顔を上げた。
ぱっと頬に赤みが差す。
まるで、花が咲き誇るようだなと思う。

「こ、これ…!」

驚き過ぎて言葉がでないらしい。
手元には、小さな桃色の天然石がついたハート型を模ったネックレスがあった。
何色もあるようだったが、なのはの魔力光に似ていると思えたから、この色にした。

「貰っても、いいの?」

はわわ、と慌てふためきながら、なのはは問いかけてきた。

「返されても困るな」

問いかけに、笑って返すとなのはは再び、微笑んだ。

「えへへ、ありがとう、クロノくん」
「どういたしまして」

答えて、なのはから視線を逸らし、赤くなっているだろう顔を隠した。




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