第9話



 会議室の中は、酷く静まり返っていた。10名以上の人間が居るというのに、静け
さが耳に痛い。話し合っている内容が内容だからだろう。これが一応の終末を迎え、
裁判などの既に始まった事件の、事後報告会議だというのに、だ。先ほどから読み上
げられていた報告が終わり、これから議題に移るところだ。
「誘拐の犯罪性については説明いたしました通りですが、問題は今回その計画の立案
者、および実行犯が管理局と局員であるという点となっています。」
 問題を読み上げる司会の声もが、硬い。会議で局内部の犯罪を取り上げることは、
あまりないからだろう。少なくともこの事後会議は、今後に同じ犯罪を起こさないた
めにも行われている。再犯は、ありえないだろう。
「今回の事件により、拉致された管理局員は現在も意識不明となっています。後遺症
として内臓の一部切除などが行われていたため」
 淡々と語られる状況に、研究所内の映像から顔を背け、俯いている者が多い。そう、
なのはは救出から数ヶ月が経った今も、意識を取り戻してはいない。
培養ポッドの弊害だろうが、「身体機能が著しく低下している」と、医者には告げら
れた。3年もの間、温度を一定に保たれた溶液の中に沈められて、簡易的な無重力状
態におかれていたのだ。筋力などが落ちるのは致し方ないことなのだろうとも思う。
ただ、この事件で問題となっている点は他にも多々ある。
 まず、人権侵害の問題。人を拉致してそのまま実験の被疑者としている点。しかも、
管理外世界出身であることという前提条件をつけて、拉致する人間を選んでいる。管
理世界を守るのが目的である管理局にとって、管理外世界は興味が薄いと踏んだのだ
ろう。そして、管理外世界の人には管理局の存在さえ知るものの方が少ない。誤魔化
すのは簡単だと考えた結果だと見え透いていた。
 次に、倫理的な問題だ。クローンを作ることさえ否定的に取る人間がいるというの
に、そのクローンから思考能力、身体能力を作成過程で奪っている。必要なのは魔力
のみというわけだ。なのはを救い出した後、彼女を運び込んだ病院で事件の概要を話
した時に、義妹は今にも泣き出しそうな顔をしていた。やはり思うところがあるのだ
ろう。
 そして一番大きな問題は、彼女に残った後遺症だった。彼女が未だに目覚めていな
いこともそうだが、臓器が半分程度になっているものもあるという。一般生活には支
障がないらしいが、魔導師を続けるには心許ない。怪我が命取りになる可能性もある
からだ。戦技教導官になる事が目標だった彼女は、―――悲しむだろう。
 最後に、解決しなくてはならないのが彼女とその家族への補償の問題だ。管理局の
思惑でなのはとなのはの家族は振り回されたのだから。それなりの補償をしなくては
ならない。

あんな事件に巻き込まないように、何故なのはを守れなかったのだろう。
何故もっと早くに管理局の計画自体を探し当てられなかったのか。
例えば、彼女の居場所をだけでも、見つけていれば。

思い返すと、事件は後悔ばかりだ。彼女は、いつになったら目覚めてくれるのだろう。
議論は白熱などと真逆の様相を呈している。誰も彼もが口を閉ざしたまま、時間だけ
が無為に過ぎていく。もう少し、要領良く会議は進まないものだろうかと思う。手元
の時計を見れば、そろそろ帰宅してもいい頃合の時間で、妙に落ち着かない。病院の
面会時間が終わってしまう前に管理局を出たかった。気づけば、毎日なのはの病室に
顔を出すのが日課になっていた。



いつも通りなのはの病室に向かっていたのだが、廊下で足を止めた。病室内から騒が
しい声が漏れている。フェイトとはやての声だと分かるのだが。
「なのはちゃんは幸せ者やなぁ。一生懸命、何年間も探し続けててくれる彼氏はなか
なかおらんで」
彼女が目覚めていないからと言いたい放題だ。いや、そんなことはないなと思い直す。
なのはの意識があろうとなかろうと関係なしに同じことをはやては言うだろう。
「なのは、起きて。みんな待ってるよ」
フェイトの言うことは最もで、桃子さんは仕事の合間合間になのはを見たいと叫んで
いたし、目覚めたらパーティをすると意気込んでもいた。起きたらそれなりに忙しく
なることだろう。
「そうそう!なのはちゃんが目覚めたら、クロノ君なんて感激で泣いてまうわー」
はやての笑い混じりの声に、ノックをせずドアを開ける。足音を立てないように静か
にはやての背後へ向かう。
「なのはちゃんも見てみたいやろ?あの真面目を塊にしたようなクロノ君が泣くとこ」
フェイトが慌てたようにはやてと僕を見比べるが、はやては気づかない。
「私は見てみたいわぁ」
軽くベッドのうわがけを叩きながらはやては大爆笑だ。
「は、はやて」
緊張したような声音でフェイトがはやての名を呼ぶが、はやては無視して笑い続ける。
「フェイトちゃんもそう思うやろ〜?」
笑ったままフェイトに同意を求める問に答えるように、声をだした。
「ふむ、僕に泣けという訳だな、はやては」
途端にはやての動きが止まる。まるでスローモーションの如き動きで振り返り、僕を
視界に認めてぎこちなく笑う。
「あはは」
虚ろな目に見えるのは、見間違いだろう。まだまだ話は続くようだったようだしな。
座っていた椅子から立ち上がり、椅子に当たりながらもはやては後ずさりした。
「そ、そうや!な、なのはちゃんとの逢瀬を邪魔しちゃあかんね!」
脱兎の勢いではやては病室から逃げ出した。
「また来るわっ!」
フェイトを連れて行くことは忘れたらしい。置いていかれたフェイトは困ったように
微笑んでいた。
「なのは、早く起きると良いのにね」
呟くフェイトに頷き、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。眠ったままの彼女の細い腕に刺
さる点滴が酷く痛々しい。
「なのは」
彼女の手を握り、名前を呼んだ。改めて思う。生きていてくれて良かった。
何も言わず、フェイトが部屋から出て行くのを見送って、なのはの方へ視線を戻す。
「なのは」
もう一度名を呼んで、彼女がここにいることを確認したかった。静かな吐息だけが聞
こえ、呼吸していることにすら安心を覚えた。彼女がいない3年間を思えば、今ここ
に彼女がいることが、事実なのかと疑いそうになることもある。
「皆、君の事を待っている。なのは、起きてくれ」
彼女の手を、救い出したときよりも血色が良く見え、暖かく感じられる手を握って、
顔を覗き込んだ。
「…ん」
なのはのあげた微かな声に、息をのむ。彼女が助け出されてから数ヶ月。彼女が声を
上げたことは、たったの一度すら無かった。回復の兆しなのだろうかと思って、ただ
見つめていると、何年か振りに彼女の瞳が見えた。

「おはよう、なのは」




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