一度、レイジングハートの調査結果と捜査状況の確認のためにアースラへと立ち 寄った。なのはの捜索を開始して、既に一週間が過ぎていた。 今見つかっている手掛かりを考えてみて、肩を落とす。未だに彼女のデバイスし か、手掛かりと言えるものはなかった。中継地点の転送の履歴調査は行ったものの、 記録されている行き先は任務に関連していることが証明でき、彼女を攫った方法は 個人転送であるだろうと推測された。 目的地であるアースラの艦長室を確認して足を止める。扉をノックすると、いつ もより低い声音でどうぞと聞こえた。 「クロノです。一時帰鑑いたしました」 渋い顔をしたままのリンディの机に近づいて、差し出された調査結果に目を通す。 「どう思う? 今までレイジングハートが見つかった世界を中心に捜査を行ってい たけれど、これは私たちへの誘導だったように思うわ」 レイジングハートは何もかも情報を削除された上で、パスワードのみが以前のま まにされていた。何かしら異なるデータ形式で手がかりが残っているのではないか。 そう考えたからだろうが技術部などにも見せたこと、それでも情報が何もないと確 認したことが報告書には記載されている。複数のデータ収納用のフォルダだけ、大 量かつ多層に作られていたというから、リンディの言う通り、こちらを足止めする ためのものだったのかも知れない。 「それでも、まだ探しきった訳ではありませんから。レイジングハートは僕が持っ ていきます」 リンディが視線を床に向けていたものの頷いたのを確認して、なのはのデバイスを 手にしたまま、艦長室を出て無限書庫へ足を向けた。 レイジングハートを握り締める。多角的に見なくては解決できないこともある。 ある程度のことを考えるには情報が必要だ。現在の今の状況では、何もできない。 ここのところ、転送室の前に立つといつものように自然に肩に力が入る。彼女のこ とへの後悔を思い出してしまうからだろうか。 転送先は本局で、目を開けると見慣れた風景がそこにはあった。もうほとんど無 意識でも歩けるのではないかと思える程に慣れた場所を、周りはほぼ無視して歩く。 今誰かとの係わり合いなど、いらなかった。彼女を探すために必要なものは情報だ けだ。 見慣れた扉を開け、飛行魔法を実行する。ここでは、飛行魔法を利用しなくては 移動ができない。発行された全ての書籍を蔵書として保管する場所。見上げる天は 限りなく、見下ろす底も果てしなかった。冊数など数えようとする方が無意味だろ う。検索魔法を利用しているユーノの姿を見つけ、近づく。 「この間頼んだ資料の捜索、終わったか?」 挨拶もなしに問いかけた。検索に集中していたらしいユーノは、声に反応して瞳を 開ける。機嫌が悪そうで、それでいながら目の下に隈の浮いた疲れきった顔だった。 隈など他人のことを言えないと分かっているのだが。 「今のところ、殆どない。ないと言い切ったほうがいいかもしれない。少なくとも 転送技術のある世界では、一箇所もなかった」 堆く詰まれた本棚に向けたユーノの目から、視線を逸らす。 「そうか…。まぁ、想定の範囲内だな」 嘆息して無限図書館の出入り口へ向かう。 「なんで」 背後から、問いかけられた。それはフェレットもどきにしては珍しく、酷く震えた 声だった。言われそうな言葉は既に覚悟済みだ。 「なんでお前が一緒にいながらなのはを守れなかったんだ!」 覚悟していたはずでも、思わず息を呑む。想像上の覚悟と現実はやはり、違う。自 らの弱さを、大切な人すら守れないことを、明示されたようで息が詰まる。それを 引き金にして、思い出すのは直前までのなのはの笑顔。 「後悔しても、仕方ない」 振り向いた瞬間に、迫る拳が見えた。避けようなどと到底思えなかった。彼女が攫 われたのは、僕のせいなのだから。衝撃に後ろへよろけた。痛みと熱さを頬に感じ た。 「お前がいながら!」 叫ぶユーノに背を向け、出入り口へと進む。後悔をしても始まらない。 「何も収穫がないのは分かった。じゃあな」 どうやら唇が切れたらしい。言葉を発すると、口元が多少痛かった。勢い良く拭 うと赤く染まる。 彼女が無事であればそれでいい。自分を殴ってなのはが戻ってくるならば甘んじ て受けようとさえ思えた。背後でユーノが叫ぶ声が聞こえたのは、幻聴ではないだ ろう。 明けない夜はない。 こう言ったのは誰だったのだろうか。例え時間がどんなに流れようとも、明けな い夜はあるものだと思った。どれだけ体を休ませようとしても、眠ろうとしても、 出来なかった。なのはに呼ばれている気がして。 『クロノ君、ちょっとは休まんとあかんよ』 通信ではやてに言われたが、頷いてみせておいたし、フェイトにも同様の態度をと った。捜索の途中、闇を切り裂いて地を照らしながら登りゆく日の出を見ても、何 の感慨も湧かないことに我ながら関心する。 到着したばかりの世界で、探索魔法を展開したところで通信が入った。 『クロノ、ちょっといい?』 名を呼ばれて宙に視線を向けると、そこには難しい顔をした母親の姿があった。リ ンディの疲労の色が濃い様子は、やはりこの捜索が困難を極めているという証のよ うなものだ。 「ええ、どうかしましたか?」 こちらをじっと見つめ、リンディが重そうに口を開く。言い出し辛い事なのだろう と推測できた。 嫌な予感が、した。何か彼女のものが見つかったのだろうか? それとも彼女がいる場所が特定できたが、救出の困難な場所に? もしかして…。 最悪を想像してしまい、悪い考えを棄てようと頭を振って、リンディの方を向き 直る。 「何か、見つかったんですか」 リンディは頷かない。 『違うわ。ちょっと、アースラへ戻ってきて欲しいの。お願いね』 一方的に通信を切られた。こんなに歯切れの悪いリンディの物言いは初めてだった。 検索魔法を中止して、転送魔法の展開を行う。何か、不安でならなかった。戻って はいけないような気がした。けれど、転送魔法を実行する。母子の関係とはいえ、 今は上司と部下なのだから。 転送室から直接アースラの会議室に行き、席に着く。既にフェイトとアルフ、は やてとボルケンリッターの面々は揃っていた。後ろには捜索に参加していただろう 武装局員たちが整列し、ついでかも知れないがフェレットもどきもいた。扉を開け て入ってきたリンディに、会議室は静まり返り視線が向かう。巨大なスクリーンの 前に音も立てずに座ったリンディは、おもむろに手を組んだ。 「皆さん、捜索任務お疲れ様」 労いの言葉と感じさせない程に低い声だと思う。悪い予感は当たってしまったのか。 背中に悪寒が走るのを感じる。 「一週間、高町なのは教導官を探して貰っていたのだけど」 言葉を切り、リンディは俯いた。邪推してはいけないと知りながらも、暗く澱んで ゆく自分の気持ちが感じられる。 なのはに、何があったのだろうか。僕が捜査しているうちでは何の痕跡も見つか らなかったというのに。ポケットに入れたレイジングハートを指先で確認する。 「捜索は、打ち切りとなりました」 リンディの発言に思わず立ち上がり、抗議の声を上げようとした。 「彼女のご両親の判断だそうよ」 自分の背後から、立ち上がった勢いで椅子が床に叩きつけられた音が静けさを破る。 まるで自分の頭が殴られたような気がした。 彼女の両親の、判断。 捜索の中止。 単語として耳に入っても、言葉の意味がまるで理解できなかった。納得など到底で きない。 「今日までお疲れ様。皆、通常任務に戻ってちょうだい」 武装局員が敬礼をして会議室を出て行くが、同じようにはできなかった。中止命 令を出したリンディから目が放せなかった。フェイトやはやてもそうだったらしい。 「私の、大切な友達だから。私はそれでも捜します」 凛と告げ会議室を出て行こうとするフェイトに、リンディが泣き入りそうな表情を する。けれどリンディの口から出たのは冷淡な言葉。 「だめよ。あなたとはやてさんはだめ。今局内で定期的なものではあるのだけれど、 一斉監査が入ろうとしているの。この時期にあなたたち二人が表立って反発しては いけないわ。保護観察期間が延びる可能性も高くなるの。それどころか、状況が悪 化することも考えられるわ」 リンディも二人を護らなくてはならない立場なのだろう。AAAランクオーバーの 魔導師を、上層部も監査如きで失いたくないがために、リンディに上から圧力がか けられている可能性もある。二人が関わったPT事件、闇の書事件のどちらもが重 大事件であり彼女たちが重要参考人だったからだ。静けさの支配する会議室から、 足音を忍ばせたまま退出する。はやてが泣き、フェイトがはやてに肩を寄せる姿が 横目に見えた。 彼女たちが捜索できなくとも、僕だけは彼女を捜し続けよう。なのはが見つかる までは。たとえいつまでかかっても。