第4話 前編



 今いるのは、幾つ目の世界だろうか。探査魔法をかけて彼女を捜すが、彼女に似
た気配どころか魔力反応さえ全くなかった。中継地点から向かうことのできる世界
は多いが、魔法と呼ばれる技術の存在する世界は少ない。だからこそ、魔力を検知
できれば捜索は難しくないはずだった。しかし、虱潰しに局員を使って彼女を捜索
しているけれど、全くもって捗々しい結果は聞こえない。
『第…世界、魔力痕跡ありません』
先ほどから通信に乗る報告は、こんなものばかりだ。まず、初動が遅かったのが良
くなかった。探査魔法を行使したまま、協力を仰げる相手に通信を開始する。即座
に反応した相手の後ろには、薄暗い室内が映っていた。浮遊し、分類ごとに整列さ
れていく蔵書。円筒形に並べられた書物の量は、際限ない高さに積み上げられてい
る。
「また、何か調べものなのか…?」
疑わしげな目で見てくるのは、フェレットもどきだった。良く大量の仕事を押し付
けているからだろう、最近は通信を繋いだ瞬間から嫌悪に満ちたような顔をされる。
「その通りだ。…いきなりなのだが、驚くなよ」
最初に一言告げた方がいいのだろうと確信しながらも、なかなか伝える気にはなれ
ない。ユーノが彼女を憎からず想っているのを知っているから、だろうか。食堂で
の、口元の引きつった様子を思い出した。
「なのはが拉致されたようだ」
ユーノは、思わず息を飲んだようだった。数秒待っても、反応がない。大きく息を
吐いて、目を閉じる。探索魔法からの結果は、やはり芳しくない。
「…現在、捜索部隊を編成して捜査しているのだが、彼女が誘拐された場所から、
個人転送で行ける場所であり、管理局に不満・不平を持っている世界を捜して貰い
たい」
言いながら、思い至った。そう、彼女は有名人だ。局内でも、彼女と歩けば視線を
浴びるほどに。もしも、管理局に抗議活動をするとなった時にどういった人物を誘
拐するかと言えば、まずは高官たちだろう。けれど、高官たちにはボディーガード
がついていることが多い。

だとしたら。

名実ともに有名で、雑誌にまでインタビューされたというなのはは適任だろう。抗
議文を出し、その中に彼女の身柄と引換えに要求をされたならば、どんな内容だろ
うと動向一つが、管理局の今後に関わることになるだろうからだ。しかし、気にな
るのは別の点だった。彼女がすんなり拉致されてしまったのは、気を抜いていた時
に転送させられたからだが、抵抗しないはずがない。
 なのはは、既にSランクオーバー魔導師だ。そんな簡単に彼女を沈黙させられる
だろうか。
「相手は、ある程度武力を持っていると思われる。なのはを捕らえることができる
 ほどに」
抵抗したならばおそらく戦闘の痕が残るはずだろうし、管理内世界であれば管理局
への連絡は容易だ。
「すぐに彼女が拉致された場所のデータを送る。頼んだ」
ユーノが返事を言わないうちに通信を切り、探査魔法を終了する。この世界には、
魔法が一切存在しないことが結果として出てきてしまったからだった。捜索中の世
界一覧および、今後捜査すべき世界を確認して、転送魔法を展開する。未だ半数に
満たない捜査済みの世界。本当に、この中に彼女がいるのだろうか。

居てほしい。

そう、今すぐに彼女に会いたかった。無事であることを確認したかった。なのはが
傍にいる時の、心が満たされる感覚が欲しかった。そして、何より謝りたかった。
彼女を捜すことよりも、任務を優先してしまったことを。なのはのことだから、き
っと、優しい言葉をかけてくれるだろうと都合良く考えてしまいながら。



 管理外世界での魔法行使は難しい。現地の人間や生物に影響を与えてはいけない
し、見つかってはいけないからだ。見下ろした街並みはどこかなのはの住む世界に
似ていた。闇に飲まれた街並みが、窓から零れる灯りに彩られる。彼女と歩く、彼
女の世界をつい思い出してしまう。不可視にするために結界を張り、探査魔法を実
行。
『なのは』
念話で、彼女の名を呼ぶ。近くに、この世界にいるならば今すぐに迎えにいく。い
ないならば、見つかるまで探しに行こう。不意に、魔力反応を見つけた。

いや、違う。
デバイスだと確認して、泣きたい気持ちになった。
結界の範囲を拡大。飛行魔法を使用して、反応へと向かった。杞憂が、杞憂のうち
に終わればいい。検索結果として示されている情報は、なのはのデバイスに酷似し
ていた。
『クロノ』
不意に入った通信に視線を向ける。義理の妹、フェイトの顔が映っていた。
『なのはが行方不明になったって聞いたよ。私も捜索に参加する。はやてやヴォル
ケンリッターの皆も任務が終わり次第、参加するから』
バリアジャケットを纏い、デバイスを起動した姿から既に捜索部隊へ加わっている
ことが見て取れる。やはり、気の知れた人間が捜査に参加してくれるのはとても有
難いと思えた。
「助かる。現在、管理外世界にてデバイスの反応を見つけて移動している。僕は」
言葉を切る。

これは、フェイトに伝えるのではない。
自身への誓いで、彼女への想いそのものだ。

「彼女が見つかるまで捜すつもりだ」
フェイトは数秒、何も声を発さなかった。
「うん。私も捜す。なのはは、今どこにいるんだろうね」
小さく零したフェイトの声に、クロノは頷く。そろそろ、反応のあった地点に近づ
いてきた。さほど高さのないビルの上に、着地して検索結果を元に捜そうと思った。
「これから反応のあった地点を捜査する。結果はまた追って伝える」
通信を切って、まず、ビルの上から捜していくことにする。魔法を使う人間ならば、
地上にはあまり降りないだろう。この世界では、魔法の行使するところを見られて
はいけないと考えるだろうから。自分ならば目に付かない場所、つまりビルの屋上
などを使うことを想像した。隅から隅まで隈なく探して、隣のビルの屋上へと移動
する。それを何度か繰り返したところで、反応が一層強くなったように感じた。近
づいたということだろうか。次のビルへ移動した時、それははっきりと目に入った。
深紅の、とても彼女に良く似合った宝玉。指先で拾い上げて、辺りに視線を巡らせ
た。
 彼女の姿は、ない。飛行魔法を行使して、高度を上げる。なのはの姿があれば、
どんなに遠くだって見つけるだけの自信はあった。けれど、あの亜麻色の髪も、戦
技教導隊の白い制服姿も、見えない。
「それもそうか」
一人、ため息をついた。結界を張った時点で、誰も魔力を持つ人間がいないことを
把握していたのだ。
 それでもなお、彼女を捜してしまう。もしかしたら。もしかしたら、この近くに
彼女はいるのではないか。
 手にした宝玉に目を向けた。レイジングハートが何か、記録しているのでは。思
い立って、機動パスワードを頭の中で捜す。なのははなんて言っていただろうか。
彼女に何度か教えられた事は覚えているのだが、肝心のパスワードをはっきりと覚
えてはいない。
「そうだ、風は、空に、星は天に、…輝く光はこの腕に、不屈の心はこの胸に」
声が震えているのが、自覚できた。パスワードは合っていたように思う。
 これが、彼女のデバイスであってほしい。けれど違っていて欲しい。
 相反する考えに、困惑しながらも手元に目を落とすと、宝玉は仄かに明滅する。
その光に、彼女を捜す手がかりを見つけただろうという希望と、不安が沸いた。彼
女の相棒であるはずのこのデバイス。

だというのに、どうしてなのははデバイスを手放したのだろうか。




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