短期解決を望むためにすべきこと。現状で考えることは、それだけだ。 テロは概して作戦などあってないようなもので、参加する者に正規訓練を受けた 人間など、ほぼいないだろう。一人一人能力はさして問題にはならないだろうが、 怖いのは訓練を受けていないが故に、不規則な動きをするものがでることだ。正規 訓練を受けたものだからこそ、予測できないような動きを。そういった例外を考え て近接戦に秀でたものを前線に、後方には中距離戦要員と2次対応用の近接要員を 配置した。 この部隊は正門の右側を担当することとなっている。ずいぶんと重要な場所を任 されたものだ。この近辺は建築物が林立している。近隣で一番低い建物を守れとは、 また難易度の高い任務だと思い、苦笑する。守るための配置を指示しながらも、思 考は任務に向いてはいない。彼女の腕を掴めず、空を切った感覚だけが嫌に現実味 をもって思い出される。誘拐、拉致などはできるだけ早い対処をすることが最善な のは常識だ。だからこそ、自ら即座に捜しに行きたかった。 護りたいものがあるから、管理局に入って執務官になったのではなかったのか。 執務官という立場が、足枷になるなど考えもしなかった。一体何者が、何を目的に、 どこへ彼女を攫ったのか。考えを巡らせれば限がない。 生憎の曇天、今にも一雨来そうな様相を見せている。まるで、僕の気分のようだ と思う。目の前で、手の届くところで、何故救えなかったのか。唇を噛み手元の時 計に目を落とすと、任務開始予定の刻限が迫っていた。両手で頬を叩いて、気合を 入れなおす。任務を今から最速で終わらせること、それがなのはを捜しに行くため の最短の方法だと信じて疑わない。 『作戦開始の時間だ。皆、頼むぞ』 部隊全員に伝えるために、念話で言葉をかける。小隊長たちが頷くのが見えたのを 確認してから、S2Uを起動させた。これより第一級警戒体制となる。いくつかの呪文 を唱えて、その時に備えながらも、早くなりがちな脈を抑えるために深呼吸を繰り 返した。 地が揺れる感覚。鼓膜が破れるのではないかと思えるような、地響きがした。 「攻撃だ! こちらの壁が崩された!」 角の向こうから、叫ぶ声が聞こえる。冷静に、2次対応用の近接要員数名へ向けて、 指示を飛ばした。 『あちらへ支援に向かってくれ』 了解、と打てば響くようなタイミングで返事が返ってくる。突破されそうな部分は これでなんとかなるだろう。 早く、早く。最善を尽くして、終結へ向かわせなくては。気が急いているのは分 かっている。けれど、それを治める手立てがないことも、自分で良く理解していた。 呼吸をするたびに肩があがる。握り締める手が、汗でぬるりとした。魔力の使い すぎなのだろう、酷く体がだるい。波状に、敵側に戦力追加されていくため、穴の 開けられた壁付近に武装局員たちが、集まってしまうのは致し方ないと分かってい る。シールドを多重に張った防衛は、ほぼ篭城戦と変わらない。こちらと同等の人 数を持ち、高所、中・遠距離からの砲撃をされては防衛側には圧倒的不利だった。 負傷者も数え切れないほどのようだ。一人で遊軍のように砲撃魔導師を撃ち落しな がらも思う。 敵ながら良く考えたものだ。初撃の砲撃である程度の人数を集中させ、一点を波 状攻撃とは確かに効果的な方法だ。ほとんどの局員がおそらく一点に集まっている ことだろう。しっかりとした戦略が練ってあるのが見て取れた。自分が指揮官なら ばどこを攻めるか。破壊を目論むならばもちろん、それは制御室ないし魔力炉だろ う。 肩で息をしながら、辺りを見回す。こんなことに時間を割きたいのではない。一 刻も早く、なのはを探すために解決をしなくては。一度、移動を止めて魔力集中管 理所と呼ばれる建物を見た。機能破壊のために、内部へ侵入するためにはどこを狙 うか。裏口と正門、敵が飛行魔法が使えるならば、屋上なども有り得ない話ではな い。作戦前のブリーフィングで地下部は存在しないことは分かっているのだから、 他に侵入経路はないはずだ。 ふと、屋上にある巨大な貯水槽に目が止まった。なぜそんなものがあるか。決ま っている。貯水槽に向かって動いたその直後、いたはずの場所を砲撃が抜けた。 『誰か、屋上の貯水槽に向かってくれ』 煙突からあがる蒸気が証明している。炉の冷却に多量の水を使用するからだ。あれ を壊せば局員の集まっている地上へ水が降りそそぎ、意識を逸らすことができるは ずと考えるだろう。その隙に内部へ侵入すればいい。指示を投げるだけ投げて、砲 撃の弾道から元を辿る。砲撃魔導師を、徹底的に潰してしまいたかった。高所から の攻撃は、どうにも戦略的不利を導いてしまうからだ。逃げていても、付近にはい るはず。 飛行魔法は、足での移動に比べて遥かに速い。空戦のできる魔導師は少ないと分 かっているのだから、それを生かせばいい。工場らしき建物の上に人間を一人、確 認して魔法を構築、展開する。まずは足止めをして、確保すればいい。 その瞬間だった。雷かと思うような音が、辺りを貫いた。 遠距離からの砲撃だったのだろうか。空戦魔導師のほぼいない状況だと言うこと を、まるで失念していた。振り返ると滝のように管理所の上から溢れる水と、崩れ 落ちた貯水槽とが見えた。誰も、屋上の貯水槽まで移動できなかったのだろう。し ばし遅れて、豪雨のごとき音。頬を伝い落ちる汗を腕で拭いながら、ただ管理所を 見ていた。歓声をあげるテロリストたちの声に違和感を覚えて見渡せば、歓声の理 由が理解できてしまった。 闇に飲まれゆく街並み。曇天とはいえ、うっすら見えた影すら消えて久しいのだ ろう。時間の経過をまったく把握していなかったのだが、数時間が経過しているこ とは予測できた。そして、街は魔力が行き渡っていたのならば、どんな天候だろう と地上に星があるように、窓から漏れる光が映えていたに違いない。けれど今は、 生活の灯火などどこにも見あたらなかった。そこでようやく、魔力炉が貯水槽が壊 れた時には魔力供給が停止するよう、安全性を考慮された設計なのだ、と思い至る。 これでは、テロリストの思い描いた通りではないか。 なぜ、思い付かなかった。 最初に気づいていれば、何かしらの対処できたはずだ。視線を巡らせた時、追って いた魔導師の姿が見えた。逮捕者は多数いるだろうが、多いに越したことはない。 拘束魔法の呪文を、口にする。その視線の先で、魔導師が転送魔法によって消えて いった。 「待て!」 魔力光がなのはを攫ったものとは違う、それだけが焼きついたように目に残った。 「くそっ」 言い捨てて、近くの工場の屋根へ降りる。片膝をつくと汗が一滴落ち、屋根を濡ら した。任務が失敗だろうが成功だろうが、どうでもいい。 なのは、君は今、どこにいる。