第2話 前編



「今回の作戦は、このようなものとなる」
 照明の落ちた会議室の中、巨大なスクリーンに展開されているのは、工業プラン
トのような研究所だった。配管が張り巡らされ、煙突からは冷却用の水蒸気だろう
か、煙がたなびく。研究所の存在する世界では、全てのエネルギーを魔力で賄って
おり、この研究所で魔力を集中管理しているという。
「この研究所に対し、テロ防止作戦を行うこととなった」
 熟年の作戦指揮官が、朗々と説明を行う姿は板についていて安心を覚えた。
『クロノ君がこういう任務に出るなんて、めずらしいね』
 念話で伝えられたなのはからの言葉に、思わず笑いをこらえる。会議室のテーブル
の、ほぼ向かいの席になのはの姿が見えた。白い航空戦技教導隊の制服が、彼女に
はよく似合う。
『今回の任務では、なかなか各部隊の指揮官が見つからなかったそうだ。
僕はちょうど手すきだったものだし、聞けばなのはもいたからな』
 表示されていた画像が、作戦の部隊配置図へと映し換わり、視線を巡らせれば役
職毎に色分けされていることが一目瞭然だった。小隊長以上は、チーム名と名前が
記載されている。白い点として前線に表示されているのが、一般の武装局員だろう。
「4部隊に参加してもらうこととなっているが、配置は図のようになっている。
 部隊長および小隊長クラスには、後列にて指示、後方支援を行ってもらう」
配置図によるとどうやら、なのはと同じ部隊になるようだ。渡された隊員名簿の氏
名と顔写真に目を通していくと、やはりなのはの名前が同じ部隊の小隊長として載
っていた。
「テロの参加者は逮捕対象となっている。捕縛を優先してほしい」
 こういったテロ対策などは、同一世界の中で対応すべきことではある。だが、管
理局が絡むということから、おそらく扱う魔力量が膨大なものなのだろう。対処し
きれないと踏んで、管理局に依頼をし、管理局にも懸念があったというのが今回の
任務発生の理由だと推測できる。
『テロとかって、どうして考えちゃうんだろうね…』
 寂しげに、なのはが言う。テロは不平、不満を意見できないものが行うことが多
い。どの世界でもある考え方かもしれないが、意見を通すために武力にでるという
のは、到底間違った考え方だろう。
 今回の任務地である世界は、簡単に意見を述べられない世界なのだろうか。民主
的な政治体制だと聞いていたのだが。
『テロなどないのが、一番いいんだがな』
『うん、そうだね』
 なのはは俯いて、握り締めた手を見つめていた。
「今回の世界は本局より離れているが、大規模なものとなるため、転送ポートと中
継地点を利用する。転送予定時刻を各部隊毎に設定してある。その時間帯までに
本局転送ポートへ向かうように。以上、質問はある者は?」
作戦指揮官の問いかけに、手を上げるものは誰もいなかった。
「では、予定時刻まで解散!」
ブリーフィングに充てていた時間が余ったらしく、解散が予定時刻よりも10分ほど
早い。照明が点けられ、全員が作戦指揮官に敬礼して会議室から退出していく。転
送時間は一番最後だということは確認してある。人がほとんど出払った会議室は、
涼しく感じた。よほど人口密度が高かったのだろう。
「なのは、多少時間があるがどうする?」
彼女に声をかけると、なのはは顔を上げた。
「ゆっくり、歩いていこ?」
「了解だ」
なのはが立ち上がるのを待って、ゆっくりと転送ポートへ向けて歩き出した。会議
室の扉をくぐり、廊下へと出る。これから任務だというのに、緊張感がないと言わ
れたらその通りかもしれない。ここは管理局内なのだ。緊張感を持つように注意を
した方が、とは思う。しかし、腕に抱きつかれても文句などないのだから何も言う
こともできない。
「ちょっとだけ、ね?」
甘えるように言われては、注意も飲み込んでしまう。
「でも、他の世界へ移動って大変だよねぇ。転送魔法って、最初に考えた人は凄い
よね」
 なのはの世界には、魔法が存在しない。それゆえにこの世界で見るもの、聞くも
の、全てが目新しいと言っていた。
「確かに便利かもしれないが、頼り切ってしまうのもいけないとは思うがな」
全てを魔力のみに頼ってしまった世界、それがこれから向かう任務地だ。人々の生
活を魔力が支えているという。まるで、なのはの世界の「電気」のようだとは思う。
彼女の世界には「魔法」という技術自体がないのだから、仕方ないことではあるの
だが。
「クロノ君は、そう思うんだ」
感慨深げになのはは聞いていたようだった。
「私は、皆が幸せに暮らせる方法があるなら、それが一番いいと思う」
彼女らしい意見だと思った。なのはの腕が、僕の腕を離したかと思うと、小指を握
ってくる。
「もう、着いちゃうから」
恥かしげに俯くなのはに、頬が緩みかけた。ほんのりと色付くなのはの頬に気づい
てしまう。頭を振り、任務の事前説明を思い出して必死に真面目な顔を作る。
「これから任務だからな」
 目前に迫った転送室の前には、人だかりができていた。おそらく、転送速度が間
に合っていないのだろう。いつもながら大人数が魔方陣の中に吸い込まれていくの
を見るのは、圧巻だ。転送ポートに描きだされた魔方陣が輝きだし、転送対象であ
る人間を遠き地へと送り出す。こういった技術がミッドチルダや管理世界を支えて
いる。
「私も転送とか出来るようになれば、きっと移動が楽なんだけど…」
転送に何かしら思うところがあったようで、呟くなのはに諭すような声音で告げる。
「人には向き、不向きがある。君の場合、魔力収集能力や砲撃技術があるんだ。
 必要とは言い切れないだろう。まあ、覚えたら楽だとは確かに思うがな」
笑いかけると、なのはもつられて笑う。
「帰ってきたら、覚えようかな。教えてくれる?」
「さて、どうしようか」
視線を向けてくる彼女に、視線を返す。魔力量などは彼女の方が優れているのだ、
多少なりとも優位に立ちたいという気持ちはある。むしろ、これくらい有利になっ
たからといって、罰は当たらないはずだ。
「えー、教えてよぅー」
駄々をこねてみせるなのはに、クロノは頷いた。
「いつか、な」
転送魔法を覚えた方が、彼女の仕事の範囲も広がることだろう。この任務から帰っ
てきたら、教えようと心に決める。転送の順が回り、最後のチームとなった。
「今回のお仕事も、頑張ろうね!」
なのはに笑顔を返して、転送されるのを待つ。転送で感覚がぼんやりすることなど
はない。気づいたら違う場所にいるというだけのこと。けれど、薄暗く感じる本局
と、砂漠の中心にあるような中継地点では感覚がどうしてもぶれる。刺すようなよ
うな日差しに目を細める。肌を撫でる風は熱く、涼しさなどかけらもなかった。見
渡せど四方は隆起や窪みのある、けれど金色に塗りつぶされた砂地。頭上に広がる
のは一点の染みもない深い青だった。
「中継地点って、何もないところが多いよねぇ」
囁く様な小声でなのはが言って、クロノも同意する。
「まぁ、何もないからこそ、中継地点として使用できるんだろうけど、良く探した
 ものだよ」
先人たちの努力に敬意を払いたい。転送ポートと中継地点があるからこそ、長距離
の移動が楽になったのだ。それに、こんな場所に結界すら張ってあれば、生物が迷
い込むことはまずないだろう。中継地点での待ち時間というのは、短いものだ。技
術が確立しているが故に、転送に必要なのは目的地点の次元座標入力のみで済むか
らだ。足元に刻まれているミッドチルダ式魔法陣に視線を落とす。
「そうだよね。いろんな世界があるからって、中継地点が人が住んでる惑星だった
 らあんまり使えないしね」
凄いよねーと感動しているなのはを見ると、彼女は天を仰いでいた。彼女と空は、
良く似ている。届きそうで届かず、それでいて何もかもを包み込むようなところが。
「なのは。次の転送が終われば、現場だ。気を…」
引き締めろ、という言葉は声にならなかった。

いや、できなかった。

彼女の足元に、小さく展開される魔方陣が見えたからだ。
「なのは、こっちに!」
なのはを引き寄せるために差し出した腕が、彼女に届くよりも早く。
「え?」
驚いた様子のなのはが、振り返るよりも早く。魔方陣は光を放ち、なのはの姿が掻
き消えた。転送魔法と判断して、なのはの行き先を探るために魔法を展開する。間
に合うだろうか。任務地への転送魔方の展開が既に始まっている。展開が行われて
いるからこそ、なのはに使われた転送魔法に気づけなかったのだろうか。目を閉じ
て、魔法の展開のみに集中する。間に合わせなければ。
 検索魔法の展開が終わり、瞼を開ければそこは既に中継地点ではなかった。目に
見えていたものが全て本のページを捲るがごとくに差し替わり、焼けるような熱な
ど感じない。先ほどまで目先にあった、果てなき地平など幻のようで、今は視界を
古びた建築物が塞いでいた。任務地へと転送されてしまっていることが、研究所が
視界にあることから明白だ。そして、視線で捜してもなのはの姿はここにはなかっ
た。
「遅かったか!」
毒づいてから、作戦指揮官へ連絡を入れる。
「ハラオウン執務官、何か異常でも?」
ブリーフィングの際に説明していた指揮官の顔が、宙へと浮いた画面へと写しださ
れた。
「緊急事態です。高町教導官が中継地点にて何者かに拉致されました。
捜索を行いたいと思いますので、許可を頂きたい!」
単独で捜しにいくことなど容易い。捜しに行きたい。けれど、それをしてしまって
は今回の作戦が崩れてしまう。
「すまないが、今貴殿に抜けられるわけにはいかない。捜索に当たるのは任務完了
後にしてもらえないだろうか。こちらから、本局へは捜査依頼を出しておこう。そ
れに高町教導官が抜けてしまったのでは、小隊に欠員が生じるだろう。そこを貴殿
に埋めて貰いたい。兼任までさせて本当に申し訳ないが、よろしく頼む」
頭まで下げられてしまっては、否とは言えない。頷いて、敬礼を取った。
「ですが、そこまでお手数をおかけするのは申し訳ない。捜査依頼はこちらにて提
出します」
指導官へ伝えて、通信を切断すると続けざまに本局へと通信を開始した。今本局に
いるはずのリンディ・ハラオウンが手っ取り早いだろう。画面に表示された見慣れ
た姿に、ため息を漏らした。
「リンディ提督、お疲れ様です」
緑茶を啜りながら、和菓子を口に運ぶ姿には提督としての威厳の欠片もない。
「あらクロノ、お疲れ様。今は任務中じゃなかったの?」
横に砂糖とミルクが添えてあるのも、普段通りだ。問いかけには答えず、用件のみ
を告げる。
「作戦移動中になのはが何者かによって拉致されました。方法は転送魔法。術者は
不明、行き先も不明です。捜索依頼をかけたいのですが」
リンディの和菓子を切り分ける手が、止まった。
「現場の作戦指導官はなんて?」
声音ががらりと変わった。先ほどの、気の抜けたようなのんびりした明るいトーン
から、剣呑なものへと。我が母ではあるが、切り替えの早い人だ。
「現在作戦中により、私個人での捜索は不可。本局への捜査依頼を提出しておくと。
断ってこちらから捜査依頼を提出すると伝えました」
入っている情報からは、本日15時よりテロ作戦が行われるだろうとされており、テ
ロの制圧が完了次第、この任務は完了という扱いになる。
現在の時刻は14時56分。あまり時間はない。
「そう…分かったわ。捜査依頼は出しておきます。フェイトやはやてさんには、し
ばらく黙っておくわ。二人とも任務中でしょうから」
手元に視線を向けている様子を見ると、捜査依頼の処理を行おうとしているのだろ
う。
「では、よろしくお願いします」
手短に会話を切り上げて、通信を終了した。簡単に見つかってくれればいいと願い
ながら。早期の内にこの任務を完了させてやると誓いながら。




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