騒がしくないはずの本局の食堂が、今日に至っては騒がしかった。 それどころか、視線を感じるのはなぜだろう。 少し考えて、すぐに納得した。 席を共にしている彼女たちはそれぞれ、有名人だ。 本局地上部隊の切り札、八神はやて捜査官。 本局次元航行部隊のエリート魔導師、フェイト・T・ハラオウン執務官。 そして、航空戦技教導隊不屈のエースにして二等空尉、高町なのは教導官。 3人がそろって昼食を取っているのだ、それは視線も浴びるだろう。 しかも、ヴォルケンリッターの烈火の将シグナムと、無限書庫にいるはずのユーノまで一緒となれば目立たないはずがない。 「今日はどんな任務なん?」 はやての唐突な問いに、フェイトは笑う。 「私は、いつも通り巡航中なんだけど、本局に提出物があって寄ったんだ。 それにシグナムがうちの隊にくる予定だって聞いたから、迎えに。はやては?」 考えるそぶりを見せると、はやては言い切った。 「私の任務は内緒や。言えないってだけなんやけどな。ユーノ君に調べて貰いたいことがあってな」 考える素振りはただの演技だったようだ。 「捜査官が任務をそうそう話してはいけないのではないでしょうか、主はやて」 黙々と昼食を口に運んでいたシグナムがはやてを嗜める。ヴィータやシャマルは別の任務で、本局にはいないのだという。 「あ、あはは、そやねー」 視線を逸らしながらはやてが答えているところを見ると、いつも話す振りをしてとめられているのだろう。 仲間内だからと言って、はやてがやりそうなことではある。 「主はやて。いつも言っておりますが、捜査官という仕事は…」 シグナムからの小言に、げっそりとした顔をするはやてが見物ではある。 「なのはちゃんは?」 はやてが話題を逸らそうと、皆のやり取りを見つめていたなのはに白羽の矢を立てた。 最後の一口を口にいれたばかりだったらしいなのは、焦ったのかコップに手を伸ばす。 「ゆっくり飲み込んでからで大丈夫だよ、なのは」 ユーノの気遣いに頷きながらもなのはの慌てて咀嚼する様子に、そっと水の入ったコップを渡してやる。 勢い良く水を飲み干して一息を入れたかと思うと、なのはは笑顔になった。 「私は、クロノ君と一緒の任務なんだよ」 満面の笑みを伴ったそれに、はやてとフェイトはため息を漏らす。 「そんなん分かってるて」 「朝からなのは、ご機嫌だったもんね」 口々に言われ、なのはは口を尖らせる。 「そんなこと、ないよぉ」 けれど、彼女の友人は手厳しい。 女性というのは、細かいところまで見ているとよく言うが、本当にその通りなのだろう。 「クロノ、なのはにあのネックレスをあげたんだね」 言われて思わず絶句した。 まさか気づかれているなどとは、思いもしなかったからだ。 なのはが僕とフェイトの間で視線を行き来させているのが視界の端にある。 「…あげてはいけない理由でもあるのか?」 言い返せなくなるまで返せば勝ちだろう。 答えてやると、なぜかフェイトははやての方へと視線を向けた。 「今回は私の勝ちだね、はやて」 フェイトはいつも通りの口調ではあったが、理解した。 なのはが気に入っているというアクセサリを見せて、「クロノが贈るかどうか」を賭けていたのだろう。 「やっぱり兄妹の仲には負けるんかな」 悔しがるはやてを見れば、その経緯は明白だ。 「うぅ。何のこと〜?」 唯一の救いがあるとすれば、なのはが理解できていないことだろう。 ふと視界に入ったシグナムはにやと笑っていた。 「随分と可愛らしいものを」 シグナムに言われると屈辱的に感じるから不思議なものだと思う。 「この石…なのはちゃんの魔力光の色、そっくりやね」 シグナムと同じように笑うはやての方向を向いた時、ふとユーノの顔が視界に入った。 「似てるからって何かあるのか」 憮然として言いつつも、ユーノの引きつった口元が気になった。 そうか。 ユーノもなのはを…。 「どういうこと…?」 「なのは、似合ってるよ」 未だ混乱が続いていたらしいなのはは、フェイトが声をかけたところで混乱から抜け出して、 いつもの微笑みを浮かべた。 「えへへ、そかな」 笑顔のなのはの様子に一安心していると、はやてとシグナムが先ほどの笑顔を張り付かせたまま、こちらを見ていた。 なぜかこの主従はこんなところで似ている。 「ハラオウン執務官にも甲斐性はあったようですね」 言い切るシグナムが憎らしい。はやて共々、僕を構うことに専念することに決めたらしい。 「いやいや絶対、対なのはちゃん専用やで。どう思う、ユーノ君?」 会話を振る相手を間違えているだろう。 断言できるが、あえて黙っておく。 なのはは自分の彼女なのだから、遠慮してやる義理などないし、逆の立場ならば気遣いなどされたくもないだろう。 「僕はどんな顔で買いに行ったか見てみたいね」 笑顔のまま、口元を引きつらせてユーノが答えるが、これ以上遊ばれるのは遠慮したい。 「そろそろ時間だ。なのは、行こう」 からかいの声を無視してなのはに声をかけ、席を立つ。 「あ、うんっ!」 急いで立ち上がろうとするなのはの前から、空になった食器の乗ったトレーを持ち上げた。 「自分のは自分でやるよ、クロノ君っ」 歩き出した後ろを必死で追いかける足音が聞こえるが、振り返らない。 「さすがはクロノ執務官殿」 「彼女のおる男は違うなあ」 うるさい声に関しては、聞こえていないことにした。 「お兄ちゃん、なのはを大切にしてね」 フェイトのそれは結婚式にでも言う言葉ではないのか。 使う場面を間違えている。 「なのは、転ばないようにね」 こんな時にまで、なのはを心配するユーノが無性に腹立たしい。 けれど何よりも、アクセサリ一つでこれだけ構われることがとても恥ずかしかった。 きっと赤くなってしまっている顔を隠すには、振り返る訳にはいかない。 トレーを片付けて廊下を歩き始めると、なのはがすぐ隣を歩く。 彼女の歩幅に合わせると、なのはに手を取られた。 「なのは?」 振り向くと、顔を赤くして微笑んだなのはがいた。 「ありがとう、クロノ君。大切にするね」 彼女のこの顔が見たくて、きっと彼女に贈り物をしたのだろうなと実感する。 今後は、からかわれることなど甘んじて受けよう。 この笑顔の似合う彼女の笑顔のためならと、なのはの手を握り返した。