彼女の入院している病院は、管理局内のものではない。 管理局内の病院には、あの事件に荷担した人間がいると考えられるからでもあるが、 それ以上に彼女の家族が見舞いに来やすいようにという配慮のためだ。 局内の病院は、管理局員や事件に巻き込まれた人、そして犯罪者が多い。 故に警備も厳しく、行き辛さは否めない。 彼女を入院させるならば、局内の病院ではなく一般の病院にしたかったのだ。 だが、そのせいで彼女の見舞いに行けるのは、どうしても面会時間終了間際になってしまう。 見舞いが終わればまた、仕事に戻るのだが。 彼女はまだ、目覚めていない。 昏々と眠ったまま、身じろぎ一つしない状態が続いている。 時々不安になって呼吸しているかどうか確かめてしまう。 「なのは」 ドアノブにかけようとした手を止めた。 室内から聞き覚えのある声が彼女の名を呼ぶのが聞こえたからだ。 最近、疎遠となりつつあるフェレットの声だった。 刹那の間戸惑ってから、一旦談話室で時間を潰すことにする。 足の向きを変え、一歩踏み出した。 「僕は君が、好きだよ」 否、踏み出せなかった。 もしなのはが目覚めていて、フェレットがそう告げているのなら、彼女は何て答えるのだろう。 彼女にとって、やつはある意味特別な相手だ。 デバイス『レイジングハート』を与えた魔法の師であり、長い間共に生活を送り、あまつさえ風呂まで…。 手元から乾いた音がした。 見ればいくつにも分割された『面会』と書かれたカードがあり、ネックストラップが床に落ちる。 握りつぶしてしまったことを看護士たちにどう言い訳するか。 思案していると傍のドア、つまりはなのはの部屋のドアが開いた。 さすがに、割れた音で気付かれたのだろう。 「―――立ち聞きとはずいぶん良いご趣味だな」 冷え切った声で言われ、腹が立った。 「偶然聞こえただけだ。人の彼女に告白するよりはマシだと思うが?」 言い返して、フェレットの横を通り抜けると病室内に入る。 なのはは、彼女の世界の童話さながら眠り続けていた。 目覚めるまでに時間がかかるとは診断されているが、それでも早く起きてほしい。 生きているかどうかすらあやふやだった時には、生きていてくれさえすればいいと思っていた。 しかし、彼女が生きて目の前に眠っているとなったら、声を聞きたいと思った。 自分の望みの移り変わり、その早さには驚かされる。 彼女の枕元に近い椅子に腰掛け、彼女の伸びた髪を指で梳いた。 指の隙間をすり抜ける髪が心地良い。 シーツに彼女の髪が落ちる音が響いた。 「帰らないのか、フェレット?」 どうにも喧嘩腰になってしまう。 なのはが起きていたならばきっと怒って文句を言うことだろう。 怒った顔を思い出して、つい笑いそうになった。 三年経った今ならば、彼女はどんな顔をして怒るのだろうと考えて自然と笑みがこぼれそうになる。 「折角見舞いに来た相手にそれはないだろっ」 食ってかかるフェレットの後ろから、 「そやで、いくらなのはちゃんが大切やって思てても、誰にも会わせないわけにはいかんで」 脳天気な声がクロノにかかった。 「そうだよ、クロノ。ユーノだって、わざわざ来てくれたんだし」 はやてが片手を上げて、フェイトがユーノの背を押して室内に入ってくる。 二人も仕事帰りなのだろう、制服姿だった。 「フェイト、僕は帰るから押さないでよ」 弱りきった声音でユーノが言うのが聞こえる。 「そう?しばらく居たらいいのに」 フェイトは小首を傾げて引き止めにかかる。 はやても首を縦に振り、同意していた。 「久々に会えたんやしなぁ」 にやにやと笑うはやてがどうにも苛立たしい。 なのはと二人きりでいられる短い時間をはやてが邪魔しにきたことだけは確信を持てたのだった。