2008/9/23 追記。 『映画、見に行かない?』 そんなメールの差出人は、高町なのは。 歩くたびに揺れるツインテールを思い出す。 きっと楽しそうな笑顔を浮かべて、メールを打ったんだろうと想像もできた。 ほぼ脊椎反射的な速さで、僕は返信をする。 たった一言に尽きる。 『いいよ』 拒否なんて、するはずがなかった。 待ち合わせ場所と時間を聞き出して、メールを終える。 これからしばらく、着ていく服に頭を悩ませることになるだろう。 僕らの戦争 なんであいつがここにいるんだ。 最初に思ったのは、ただその一言だった。 待ち合わせ場所にいたのは、なのはではなく、私服姿のクロノ・ハラオウンだった。 予定の時間よりはまだ早い。 だから、なのはがいないのは良いとしてもなんでこいつがいるんだ。 こいつは、なのはとデートのつもりだったに違いない。 そんなのは見れば分かる。 お前の普段のありえないファッションセンスはどこへいった。 まるでファッション雑誌に載ってるかのごとき服装。 きっと、義妹のフェイトにでも相談して買い揃えたんだろう。 ご苦労なことだ。 問題は、かなしいかな、同じ穴の狢だってことだった。 クロノと同じ思考をしたということが、とてつもなく嫌だ。 なのはとデートだと思ったからこそ、気合をいれたのに。 あいつの方をみると、なんでお前がここにいるんだ、と視線で言われた。 おまえこそなんでいるんだ、と視線で返してやる。 こいつと二人でなのはを待つのかと思うと、気が重かった。 クロノの待ち人はなのはではないと思いたかった。 「おはよー、二人とも早いね」 普段どおりの服装で来たなのはが、満面の笑みで手を振りながら現れた。 肩には少し大きめの鞄。 けれど、なのはのその言葉に愕然とする。 やっぱり、こいつも一緒なのか。 「じゃ、映画館にいこっか」 そう言うと僕とクロノの横をするりと通り抜けて、なのはは先頭を歩き出した。 僕は臆病なんだろうか。 どうして三人なの、とは聞けなかった。 映画館につくなりすぐに、チケット売り場にできた行列に並ぼうとするなのはに、クロノが声をかける。 「なのは、チケット代くらい僕が払う」 「いや、僕が払うよ」 横から割り込むように声をかけると、なのはがにっこりと微笑んだ。 それはもう、僕がなのはに見とれるのに十分過ぎるほどの笑顔だった。 胸が温かくなって、息を飲む。 この笑顔があるからこそ、僕はきっとなのはに惚れたんだろう。 「大丈夫だよ、先行発売のチケット持ってるから」 なのはの言葉に、違う意味で息を飲んだ。 チケット代を払う必要もないというのに、それで争っていたというのか。 「商店街で余ったらしくて、お母さんがもらってきたの」 その説明になんて答えればいいんだろう。 「あ、えっと」 何を言っていいのか分からず、思考を巡らせようとした瞬間、隣から声がした。 「じゃあ、僕は飲み物でも買ってこよう」 すっとチケット購入の列を抜けようとするクロノに、心の中で舌打ちする。 僕がやろうとしたことを先に! そんなクロノの腕を慌てた様子でなのはが掴んだ。 「待って!」 はっとしたような顔で振り返るクロノを見て、実感した。 こいつもなのはを好きなのだ。 でなければ多忙で有名なクロノが、映画館なんかにいるものか。 しかし、なのはがクロノの腕を掴んだのは、クロノにだけはここにいて欲しいということなのだろうか。 僕は、ひょっとして。 二人にここで待ってもらって、僕が飲み物を買いにいくべきだろうか。 「飲み物、持って来てるの! だから、買いに行っちゃ駄目!」 ひょっとしても何もなかった。 僕が振られるのかという一瞬の恐怖が馬鹿馬鹿しい。 「お父さんが持って行けって、ペットボトル持たせてくれたの」 腕を掴まれたクロノは酷く落胆したような表情で、頷いていた。 「そ、そうか。分かった」 きっと、なのはに勝てる気がしないと思ったのは、僕だけではないだろうと思う。 なのはの手にした、指定席チケットがとても気になった。 3席続きの席なのだが、できれば。 できることならば、真ん中に座りたかった。 そうしたならば、なのはの隣にアイツを座らせることなく、 自分だけはなのはの隣をキープできる。 「なのは、荷物が重いだろう」 そういって、映画館の中へ歩いていくなのはに近寄るクロノを睨み付けた。 そ知らぬ顔をしたあいつがうざい。 「ありがとう、じゃあお願いしようかな」 おもむろに鞄の中に手を入れたなのはは、ペットボトルを2本取り出した。 黄緑がかった綺麗なクリーム色のペットボトルと、薄茶のクリーム色をしたもの。 パッケージには一本が緑茶オレで、もう一本が、紅茶オレと書いてあった。 「クロノ君、こういうの好きでしょう?」 なのはの満面の笑みに、アイツが引きつったような笑顔を浮かべた。 それを好きなのはクロノではなく、リンディさんだと思う。 心の底から断言できるが、黙っておいた。 「ここみたい。じゃあ、いこっか」 すっと開かれたドアの中に入っていくなのはに次いで部屋に入ると、 部屋の全てが黒かった。 緩やかな坂を上ってソファー席中央の通路にでた。 見渡せば、真っ黒な絨毯に濃い灰色のソファー、壁すら闇色だ。 映画館という場所柄から、画面にだけ集中させようという配慮だというのが分かる。 椅子に描かれた模様をみながら、なのはは階段を上っていく。 「ここ3つが予約した席だよ」 示された並ぶ3席の、真ん中に座りたかった。 そうなれば必ずなのはの隣になれるし、アイツからなのはを離せる。 先に席までの通路へ入ろうとすると、痛いほどの視線を感じた。 「ここはレディファーストだろう。礼儀もないのか。まぁ、仕方ないな、フェレットだから」 軽く侮蔑の言葉を投げかけると、アイツはなのはを先に通路に行かせた。 小さく舌打ちをしつつ、アイツをにらみ付けるとアイツはこちらを見もせず、なのはに視線を向けていた。 その視線を追うと、なのはの笑顔があった。 「ありがとう、クロノ君。私、真ん中に座りたかったの」 彼女の笑顔がとても好きだ。 暖かくて力をくれる笑顔だ。 そう思っていたはずなのに、なぜか今は胸が痛かった。 これはきっと、クロノが邪魔だからに違いないと思うことにした。 殆ど人がこないうちに、室内にブザーが鳴り響いた。 もしかすると、客が殆どいないのかもしれない。 正面の舞台のようなところにかかっていたカーテンが開いて、スクリーンが現れた。 室内の照明が徐々に落とされていく。 背面の壁から光が差して、スクリーンを照らす。 こんなシステムはミッドチルダでは存在しない。 魔法の存在しないからこその機械で、この世界ならではだなと思った。 ----------------------------------------- これは、まだ続く予定です。