「なのはは、可愛いよね」
 唐突に思い浮かんだ言葉を口にした。
相手は黙々と食事をしているクロノだ。
なんでなのははコイツと、という気持ちがあるからだろうか。
本当ならば、クロノの傍で食事をするのも嫌なのだが、ここしか席が空いてないのだから仕方ない。

「フェレットもどき、どうした」
「誰がフェレットもどきだ!」

ちょっとした返答ですらイラつく言葉を返すコイツは、はっきり言って食事時には最低の相手だ。
返す言葉でケンカを売るのも、もう挨拶のようなもの。
こんなヤツと付き合うなんて、なのはも趣味が悪い。
ついなのはの笑顔を思い浮かべてしまい、ユーノは心の中で涙する。
けれど、今日に限ってはクロノの反応が違った。
口元を綻ばせたクロノなど初めて見た。
こんな顔をするのかと、思った。

「だが、そうだな。なのはは縁側で飲む緑茶みたいだな」

今、なんて言った。
理解ができない。
頭を抱え、思考を回転させる。
何がどうして、なのはが緑茶。
しかも、縁側で。

「じゃあな」

唐突にクロノは立ち上がり、トレーを片付けに行く。
それはもう、ご機嫌といった足取りで。

「ちょ、待て! 説明してけ!」

叫んだところで完全に無視された。
全くもって、意味の分からない会話だった。








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 本局の食堂に行くと、この間と同じように。
そう、クロノの隣の席しか、空いていなかった。
なぜこうも狙ったかのように、空席がそこだけなのかと自問自答しながらも、ユーノはクロノの隣に座る。

「なのはがどうして『縁側で飲む緑茶』なのか、教えてもらいたいんだけど」

席に着くと同時、低い声音でユーノは問いかけた。
つと顔を上げたクロノと視線が合う。

「決まっているだろう。分からないのか?」

あまりに馬鹿にしたような口調に、ユーノは手にしたパンをつい強く握り締めながら、無言を通す。
クロノと一緒では、きっと不味い食事にしかならないだろうと覚悟を決めてはいたが、いまの覚悟では足りない気がした。

「一緒にいてあれだけ落ち着ける相手はなかなかいないと思うからな。
しかし、最近気づいた」

何に気がついたというのだろうか。
ふいに雄弁に語りだすクロノが空恐ろしかった。

「なのはは、オフィスにある観葉植物だ」

思わず口に含んだシチューを噴出しそうになりながら、クロノのほうを振り返った。

「そ、そんなこと言ったらなのはは怒るだろうが! 全くもってほめてない!」

誰が、閑散とした職場にある観葉植物に例えられて喜ぶだろうか。
けれど、前回と同じように機嫌よくクロノは立ち去っていく。
あれでは、なのはは可哀想だとユーノは思った。
本当にどうしてあの男を選んだのか、ユーノには全くなのはの気持ちが理解できなかった。








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 今日も今日とて、ユーノが本局の食堂にいくとそこには見知った人の姿が見えた。
横に結わえた髪を垂らす彼女は、ただ食事をしているだけだというのにその場の視線を集めている。
管理局でも有名になってしまった彼女には、仕方ないことなのかもしれない。
けれど、遠巻きに見ることはできても近づけはしないらしい。
すぐ周りは空席ばかりだった。
ユーノはあちこちから浴びる視線を無視して、なのはの隣に座る。

「久しぶり。本局に来てたんだね」

声をかけると、なのははにっこりと笑った。

「ユーノ君、ひさしぶりー。ちょうどお昼の時間だったんだね」

呼びにいけばよかったかなと言うなのはに、微笑を返す。
そして、ここ数日のちょっとした疑問を彼女に投げかけた。

「ところでなのは。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

サラダを口に入れたところだったが、なのはは頷く。
ひとつ深呼吸をして、彼女の目を見つめた。

「もしも、『縁側で飲む緑茶』とか『オフィスの観葉植物』に自分が例えられたらどうしてだか分かる?」

すると、なのはが笑う。

「それ、クロノ君が言ったでしょ」

とても楽しそうな声だった。
腕を組み、瞳を閉じて何か考えるようなそぶりをするなのはは、やっぱり綺麗だとユーノは思う。

「クロノ君のお気に入りのものばかりだよね、その例えって。だから、なんで例えられたかは分かるよ」

笑って答えるなのはに、ユーノは涙しそうになった。
そんなことが分かるってどういうことだ、と。

「そうクロノ君に言われて、私考えたの。そんなことを言うクロノ君は、テディベアに凄く似てると思うの!」

思わず、手にしたスプーンを落としてしまった。
ふいに静まり返った食堂に、スプーンの音がやけに良く響く。

「……え?」

もう一回言ってくれないかな、とユーノは思った。
なにがどうなったら、クロノがテディベア。
あんな可愛いものとアイツのどこに共通点が。

「一番良く似てるよね、テディベアって!」

満面の笑顔を伴った言葉に頷きかねていると、ユーノは額からこめかみへと自らの汗が伝うのが分かった。

「どこが…?」

恐る恐る問いかけると、なのはは小首を傾げてみせる。
彼女の瞳は言っていた。
なぜ分からないの、と。

「あんなに目がきらきらしてて、見ただけで笑顔になりそうなのって他にないでしょう」

頷きたくはなかったが、ユーノはとりあえず頷いて見せた。
そして、心の中で誓った。
もう二度と、『たとえ話』などするものかと。




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